(ˊ꒳​ˋ)

色々と。

風男塾は「概念」だと思う

タイトルの本題に入る前に、申し訳ないのですがまずはわりかし長い僕の身の上話に付き合ってください。というかぶっちゃけ本題も含め95%ぐらい僕の身の上話です。みんなかブログを書いている波に便乗してそれとなく誰かに聞いてほしくて。

先に言っておきます。なかなか個人的な暗い話も出てます。あと本当にただの身の上話だからくそつまらん。暗い話やつまらん話を聞きたくない人向けに以下要約すると「黄色い人があまりにも好きすぎる藤推しが病んだゴミ大学生からオタク社会人としてタフに?生きていくまでの経緯を語るからみんなサンプラザ行こうぜ!」です。

 

 

2016年冬。当時大学生だった私。学期末テストを控えた僕は勉強に身が入らない中、大学のサークル内で流行っていた某アイドルグループ目当てで見ていたテレビ番組に男装の女の子が映っていたのが全ての始まりでした。「この人えらい綺麗な顔してるな…」と思った僕は、テレビを見ながらその場でスマホに打ち込んでみたのです。「風男塾 瀬斗光黄」と。

 

イケメンの写真が出てきた。

それはそれはもう素晴らしいイケメンが。

でもそのすぐ下に

美女の写真が出てきた。

それはそれはもう素晴らしい美女が。

 

しかもどちらも同じ顔をしている。意味がわからんかった。いい意味で。瀬斗光黄瀬口かな両方の姿を目の当たりにした僕は「男」と「女」両方の姿の双方が強く存在していることがとにかく衝撃的だったわけです。

当時の私はジェンダーセクシャリティに関して割と深刻に生きづらさを抱えていて、私にとって大きな悩み事でした。そんな時だったというのもあり、風男塾のあり方は私の生活観に大正解を与えてくれたような存在で、彼らを見れば見るほど、人生の選択肢が私の中で広がる気がしました。

だってひとりの人間が性別飛び越えてるんですよ?しかもその「男」と「女」がそれぞれ違う名前で表舞台で堂々と生きているわけです。言うなれば性別の違うふたり分の人生を生きて、こんなに自在に行き来してるなんて!その自由さとエネルギーの強さに心を打たれた私はいつの間にか風男塾の虜でした。

それから居ても立っても居られず飛び込んだ初現場。これもまぁなんと衝撃的。「ファン同士が生身でコミュニティを成立させている」ことが当時の私にはもう驚きでした。「風男塾好きな奴は大体トモダチ」みたいな空気感が漂っていて。ファン同士の距離感ってこんなに近いものなのかと。そして有難いことに、周りの皆様に恵まれてこの数ヶ月後には私自身が「風男塾好きな奴は大体トモダチ」みたいな状態になっていきます(イメージ的には)。本当に有難いことに、今では一人で現場に乗り込んでも気付けば誰かが一緒にいてくれます。

ちなみにこの初現場は私のスケジュールの都合上止むを得ず、滞在時間がミニライブ10分見るのみという今思えばトンデモ弾丸現場でした。ただしその10分間は今でもかなり鮮明に覚えています。行って後悔は全く無かったです。たった10分でも一目会いたいと片道1時間賭けて名古屋まで会いに行くような衝動を突き動かす何かがやっぱり風男塾にはあるのかなとも思っています。

風男塾に出会った瞬間から、楽しいこと、新しいことが自分が過去に想像した以上に多くて驚いています。人と話すのが苦手な私が全国、下手したら海外にまで友人がいる状況は昔の私には考えられません。死ぬほど大嫌いでひたすら過ぎ去ってほしいだけだった夏がTIFや現場のおかげで大好きになりました(今も暑いのは嫌いだけど)。なんなら服部野音で死んでも着たくないと思ってた水着まで着ました。人の目を気にして服を選ぶのをやめて今まで以上に自分の好きな服を着られるようになりました。そしてあれだけ深刻に悩んでいたジェンダーに関する悩みや懸念は風男塾のおかげで驚くほどどうでもよくなりました。

 

つまり何が言いたいかというと。

 

もう、私の中で「風男塾」というのは

アイドルというカテゴリに収めるには

存在が大きすぎるわけです。

 

就活中に尽く内定が出なくて絶望の淵に立っていたとき。最後の最後に1社だけ残った会社の最終面接で「彼らのように努力で人を幸せにできる人になりたい」と風男塾の話をしたら無事内定をいただきました。(これは本当に情けないなと自分でも思うけど)真剣に結婚を考えていた彼氏に突然振られて真剣に自殺を考えて毎日泣いて過ごしていたとき。唯一泣かずに1日終われた日はスーパーでの買い物すらままならない重い身体を引き摺って無理矢理行った風男塾の現場の日でした。それでもやっぱり自殺を考えることがやめられなくて苦痛から逃げるように実家を出て一人暮らしを始めたとき。心の支えになったのは家に軽率に遊びに来てくれたり名古屋に来た時に泊まりに来てくれるオタク仲間たちでした。風男塾に出会ってから、心が折れそうなとき、つらいときでさえ、確実に風男塾が作り出すものには救われました。今だってそうです。風男塾がいなかったら今生きていないんじゃないかと思うことも山ほどあります。

だから、

 

風男塾はアイドルグループを飛び越えて

もはや「概念」。

 

敢えて少しオーバーな言い方をしているけれど。今の僕にとって風男塾の存在は、嫌でも、息を吸うように、僕の人生に組み込まれてしまっているんです。だから「概念」。

形は違うかもしれないものの、風男塾の楽曲然り、ダンス然り、ライブ然り、コミュニティ然り、多かれ少なかれ風男塾が作り出す諸々に救われたり根こそぎ人生変えられた人って絶対私だけではないと思うんですよね。生活レベル、生命レベルで救われている人だっているかもしれない。卒業や新メンバーの加入を繰り返しても10年以上風男塾が続いている理由はそういう部分にもあると思うし、「概念」だから当分はなくなることも無いのだと思います。そしてこれからもずっと続いてほしいと私は願うわけです。だから私はこれからも当分は現場でサイリウムを振り回すつもりでいます。

 

今は風現場で藤色のサイリウムを振る僕です。ただ、藤色のサイリウムを振って息をする決断に導いてくれたことも含め、風男塾という「概念」への入口として僕の人生を瞬く間に変えてしまった黄色い「彼」と「彼女」の存在を、私は多くの人に伝えたくてたまらないのです。そしてその「彼」と「彼女」はこの冬に芸能界を去ります。僕たちはもう「彼」には二度と会うことはないだろうし、「彼女」に会える機会も今後きっと少なくなってしまいます。なのに、僕は不思議と寂しい気持ちが込み上げるどころか勇気さえ貰ってしまう有様です。そこまで僕にとって、瀬斗光黄は、瀬口かなは、魅力的で、とんでもない力のある人で、私にとっては世間で言われている通りの「神様」です。最後の最後までその勇姿はしかと見届けたい気持ちです。

ありとあらゆる人にも見てほしい。